一年で一番長い日 91、92「若者が移り気ってことは知ってるでしょう?」芙蓉が言う。 「あたりの良い言葉でいうと、若者は流行に敏感、かしら」 「まあ、たしかに」 俺は一応頷いた。確かにそういう傾向はあるが、大人でも流行に踊らされるやつは歌謡時代劇『大当たり狸御殿』なみに踊り狂っているぞ。胡散臭い笑顔のナントカ様とか、どこがいいんだ。俺にはさっぱり分からん。 元妻は、DVDで見た山口百恵の「赤いシリーズ」の方がずっと面白いって言ってたが。 赤い運命 DVD-BOX【PCBP-60044】=>24%OFF!赤い運命 DVD-BOX 「常に新しいものを追いかけていくのが若者の本能よ。覚醒剤やヘロインはもう古くてダサいと思ってる。でもエクスタシーやスピードとなると新しくて洒落ててカッコいいように見えるわけよ」 「洒落ててカッコいい、か? 依存したら一緒じゃないか。覚醒剤もエクスタシーも」 「そう、一緒なのよ。末期の悲惨さは変わらないわ。それを分からずに新しげな名前のついたドラッグに飛びつく・・・」 「薔薇の名前・・・」 俺は呟いた。唐突な言葉に芙蓉は不思議そうな顔をしている。 「薔薇の名前?」 「ああ。『薔薇はどんな名前で呼んでも薔薇である』っていうような言葉があるんだ。本質は変わらないって意味だと思うけど。だから、どんな名前で呼ばれようとドラッグはドラッグってことなんだよなぁって思ってさ」 静脈注射で摂取しようと、経口やスニッフィング、粘膜吸収で摂取しようと、麻薬は麻薬だ。健康な身体には全く必要の無いものだ。 芙蓉は頷いた。 「あなたの言うとおりだわ。白い粉だろうがブルーのタブレットだろうがドラッグはドラッグにすぎない。みんな同じ・・・」 みんな同じ。乗る電車が各駅停車かノンストップ特急列車かの違いはあるかもしれない。だが、最終停車駅の名前は「地獄」だ。それは変わらない。 「でもね、同じだってことが分からずに、ちょっと目先が変わったらすぐにそっちに飛びつくの。ヘカテもそう。カクテルって知ってる?」 「え? ジンライムとかなら好きだけど?」 「お酒のカクテルじゃないの。ドラッグのカクテル。ヘカテは最初、そういう<カクテルバー>で生まれたのよ」 ***************************** カクテルバーって。 俺は呆然とした。カクテルって酒だけじゃないのか? ドラッグもカクテルするものなのか? シェイカー振るのか? 頭がぐるぐるしてきた。いや、だから。カクテルバーはサントリーでいいって。 缶入りのやつがたまに九十八円とかで売ってるんだ。これのジンライムは飲まないけど、ソルティードッグはたまに飲む。やっぱり甘いけど。 カクテルバーで生まれたドラッグ? どれだけ怪しいんだ。赤色天然着色料の方が、カイガラムシ科エンジムシが原料だって分かってるだけマシだ。 「そ、そんな店があるのか? ドラッグのカクテルバーだなんて」 俺の頭の中に、学校の理科室のような店が浮かんだ。ビーカーや三角フラスコ、メスシリンダーに色とりどりの粉や液体が入っていて、白衣のバーテンダーが試験管を三本くらい指に挟んで器用にシェイクしている。 バーテンダーの背後の薬品棚には、純度○パーセントの××とか書かれた茶色の試薬瓶が納まっていて、補助のボーイが乳鉢で大麻やマジックマッシュルームを乾燥させたやつをゴリゴリ擂っている・・・ 怪しい。怪しすぎる。 ・・・ドラッグ自体がすでに怪しいか。 「すごく戸惑った顔してるわね」 芙蓉は苦笑した。 「そういう店があるっていう噂みたいなのは聞いたことがあったけど、あたしも実在するなんて考えもしなかったわ」 「本当にそんな店が? どうして摘発されないんだ。店でそんなことやってたら、麻薬取締りの人に見つかるだろう?」 麻薬取締りの人、はないだろう俺。麻薬取締官、略して麻取(マトリ)っていうくらいは知ってるはずだろう俺。ああ、焦ると言葉が出てこない。 「会員制なのよ。凄く厳しい審査があるらしいわ。だから滅多に情報は出てこない。密かに人気が出ているにもかかわらず、ヘカテの流通量が少なかったのはそのせいなの」 「ヘカテは・・・最初は一部の金持ちのものだったってこと?」 「ええ、そうね。その会員制のクラブも元は一部セレブのちょっとアンダーグラウンドなお楽しみのために作られたらしいから」 ちょっとアンダーグラウンドなお楽しみって、おい。 ちょっと、で、ドラッグをカクテルするな~! 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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